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密教の教えを曼荼羅として表現した立体曼荼羅
講堂
「曼荼羅を彫刻したらどうなるのだろう?」講堂に安置されている二十一尊の仏像はこの発送から生まれたのだそうです。
曼荼羅を立体化したものを「羯磨曼荼羅」(かつままんだら)と言います。
空海は東寺の講堂に日本で初めての羯磨曼荼羅(かつままんだら)を誕生させました。
羯磨曼荼羅(かつままんだら)は通称「立体曼荼羅」(りったいまんだら)とよばれています。
立体曼荼羅(りったいまんだら)は、中央の五尊の如来グループ、向かって右の東方にある五尊の菩薩グループ、向かって左の西方にある五尊の明王グループ、そして四隅の天グループにわけられます。
如来グループ
菩薩グループ
明王グループ
天グループ
ここからは撮影禁止
この二十一尊は、すべて大日如来の分身として表現されているとのことですが、何度も見ておりますが気持ちが引き締まる感じがします。
中央には、大日如来を中心に五智如来(ごちにょらい)
向かって右には、金剛波羅蜜多菩薩(こんごうはらみったぼさつ)を中心にした五大菩薩(ごだいぼさつ)
そして左には、不動明王を中心にした五大明王(ごだいみょうおう)
両サイドの前と後ろに四天王
四天王の間に東側が梵天(くてん)西側が帝釈天(たいしゃくてん)の合計二十一尊であります。
館内には仏像の説明が書かれている本の見本が置いてあり自由に見ることができるので本を見ながら実物がみられるので非常に見ごたえがあります。
昭和四十年(1965年)に一般公開されるまで、千年以上も秘仏だった二十一尊の仏像。
今の時代、いつ見れなくなるかわかりませんからんね。
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