京都から生まれた七福神まいり!

都七福神まいり
七福神まいりとは、皆様ご存じ七福神とされる毘沙門天、布袋尊、大国天、弁財天、ゑびす神、寿老神、福禄寿神を祀られている社寺にお参りをすることであります。

 

七福神まいりは、全国各地にありますが、京都の「都七福神まいり」は、最も古く、その発祥は室町時代にまでさかのぼります。

 

巡拝の順番は特に決まりはないそうですが、新春、お正月にお参りするとご利益が大きいともいわれております。

 

七福神まいりに欠かせないのが「御朱印」であります。

 

この御朱印をいただくためにお参りすると言ってしまえば罰が当たりそうですが、七福神まいりの記念には、必ず残しておきたい御朱印なのであります。

 

御朱印の料金は、1ヶ所につき300円で、7ヶ所ですから2,100円は、必要です。

 

ご朱印していただくのに色紙(しきし)と御朱印帳の2種類ありますが、私はご覧のとおり「御朱印帳」を選び開けた状態で自家製の額に入れて飾っています。

 

通常、壁に飾るのであれば、色紙(しきし)がおすすめです。

 

 

七福神まいりの順路
今回、私がまわった七社のうち、六社は同日にお参りすることができました。

 

宇治の布袋尊が祀られている萬福寺だけは、車で行きましたが、残りの六社は市バスの一日乗車券を利用してお参りいたしました。

 

都七福神まいりの順路は特に決まっておらず、好きなところからお参りすることができます。

 

私が最初にお参りしたのは東寺の毘沙門天です。

 

東寺は平安京時代に官寺として造営され、羅城門を中心に東が東寺、西が西寺と二つの寺が造営されました。

 

当時は、平安京内にお寺は官寺として、東寺と西寺しか建てられなかったようです。

 

平安時代から東寺の敷地の大半は変らずそのまま残っています。

 

1200年以上の歳月の中、建物自体は何度が消失しているものの、しっかり再建され、(されていない部分もありますが)敷地が目減りすること無く現代まで残っていることに、東寺を守られてきた数多くの人たちの思いが伝わってきます。

 

西寺は現在公園となり、石碑が建てられているのみ都市計画により敷地は分割され小学校や住宅、公園へと姿を変えてしまいました。

 

羅城門も同じく公園にマンション住宅と姿を変えてしまいました。
特に羅城門は、その痕跡の発見も少なく瓦の一部が見つかる程度で、石造りであった基壇跡などは、一切見つかっておりません。

 

朱雀大路も大内裏、東市、西市も同様に石碑が建てられているのみの寂しい状態であります。

 

平安京時代の建物が再建とは言え現存している東寺から日本最古の都七福神まいりの「ご朱印めぐり」を始めることにしました。

 

私がおまいりした順番は下記のとおりです。

 

1.東寺の毘沙門天
2.宇治の萬福寺の布袋尊
3.六波羅蜜寺の弁財天
4.恵比寿神社のゑびす神
5.行願寺(革堂)の寿老人
6.妙円寺の大黒天
7.赤山禅院の福禄寿神

 

→東寺の毘沙門天へ

 

 

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