五重塔の完成は創建より81年後だった!

東寺造営に着手後、五重塔は完成まで81年!修復再建…落雷で炎上する五重の塔!

 

当時、五重塔に使用する材木を東山で調達しました。現在と違いトラックや伐採する機械はない時代に巨木を伐採して東山から東寺まで運ぶのはもの凄い重労働です。
そこで、朝廷や役所関係に協力を仰いだところ、2400人以上の人夫の動員を得る事ができ、20本近い巨木が東寺に運ばれたそうです。

 

ただここで、ひとつの事件がおきました。東山より運んだ巨木の中に稲荷山の御神木が含まれていたのだそうです。このことにより工事は直ちに中止となったこともあり、五重塔の完成までに50年ほどの歳月がかかってしまいました。883年ごろついに五重塔が完成。

 

現在の五重塔は五代目となり、1641年から3年あまりで再建されました。棟梁をつとめたのは近江蒲生郡の大工組組頭、高木作右衛門という方らしいです。この方は再建する時代の流行りを取り入れることなく忠実に創建当時と変わらない五重塔を再建していきました。

 

そんな棟梁がこの再建時に付け加えたものがあります。初層の屋根の軒下に「北東、北西、南東、南西」の4箇所に【邪気】の彫刻をしていたのです。屋根を支える束のかわりに反発することに関してはNo.1の邪気をおいたのってさすがですね。

 

江戸時代に一度傾いたことがあるそうです。どうやって傾きを直したのでしょうか?

 

南側に傾いたので、北側に大きな穴を掘って傾きを直したらしいです。五重塔は花崗岩でできた基壇の上に建造されていますので、この話が本当であれば基壇ごと傾いたことになります。

 

現在、五重塔の北側にある瓢箪池こそが、傾きの修繕の為に掘られた穴だったそうです。その穴に雨水が貯まり、次第に池になったということらしいです。この話は事実かどうかもわからない謎の話です。

 

しかし、もしも実話であれば、直し方もシンプルですが、一つ間違えば北側に転けますよね…昔の人は技術もすごいが、やることも凄いですね。

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