焼失と再建を繰り返した内裏!

天皇の住まい!内裏!

 

大内裏は東西に約1.2キロ、南北に約1.4キロの広さをもち、周囲には高さ2mほどの築地掘りで囲まれていました。
大内裏の中には、皇居である内裏(東西約220m、南北300m)、朝堂院、部楽院などの儀式や宴会用の建物や官衙(役所)郡が立ち並んでいたそうです。

 

門は14あり、最も重要な場所は大極殿だったそうです。天皇の住まいであった内裏には紫宸殿(ししんでん)【内裏の心臓部】、承香殿(じょうきょうでん)【後宮七殿の中心】、淑景舎(しげいしゃ)【桐壷とはここのこと】、清涼殿(せいりょうでん)【天神様が祟ったという】、飛香舎(ひぎょうしゃ)【藤壺とよばれた】。

 

当時、天皇の住まいだった内裏は11世紀以降、大内裏の外の貴族の邸宅などを「里内裏」(さとだいり)として使用し、洛中を転々としていたそうです。
しかし、13世紀には内裏そのものが消失してしまい14世紀の里内裏である「土御門殿」が母体となり、その後、京都御苑が築かれたそうです。

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