11年続いた応仁の乱は終息!山城の一揆が勃発!

応仁の乱は11年間、都を戦場にした!それでも東寺は戦火をまぬがれていた!

 

応仁の乱が11年続きましたが、東寺は戦火をまぬがれていました。しかし、応仁の乱が終息した後も山城の国ではまだ戦いは終わっていませんでした。

 

この山城の国一揆集が東寺に集結。一揆に対抗して幕府も兵をもって鎮圧に乗り出しました。兵は農民を追い、農民は散り散りになって東寺に逃げ込んだのだそうです。

 

農民たちが軍兵に勝てるはずもなく、追い込まれてしまった農民たちは言い放ったらしいです。「徳政令(債務破棄、債務免除)をくださなければ寺に火をつける。」と、それでも幕府は一歩も引きませんでした。

 

東寺から火の手があがりました。どの堂舎からあがったかは定かではありませんが、みるみるうちに火は広がり、創建依頼の大火災となってしまいました。この火災で金堂、講堂、廻廊、鎮守八幡宮、南大門等を失い、焼け残ったのは五重塔、食堂、御影堂その他少しだけでした。東寺最大の滅亡の危機だったのです。

 

時代は戦国時代と移り、織田信長、豊臣秀吉も東寺に本陣をおいたそうです。時は流れ、全てが復旧したのは117年もの月日がかかったのだそうです。

 

この間、落雷により五重塔も焼失してしまったりいろいろな困難があったそうですが、今残る金堂は豊臣秀頼が再建、五重塔は江戸幕府の三代目将軍徳川家光が、時の権力者がスポンサーとなってくれていたのだそうです。再建された中でも講堂は、室町時代の庶民が寄付を募り再建したものだそうです。
貧しい生活の中から少しづつのお金を出し合ってくれた当時の人々の気持ちから、東寺の再建の一歩が始まったのですね。

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