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魂鎮め、疫病退散の祭り

祇園祭と時代祭と葵祭

 

京都の三大祭りと言えば、平安京以前に起源をもつ葵祭と疫病退散が始まりの祇園祭、1895年平安遷都1100年の時に平安神宮創建時に始められた時代祭であります。
−目次−
1.葵祭
2.祇園祭
3.時代祭

 


葵祭

 

葵祭は京都三大祭りで最も古く、起源は6世紀頃。

 

葵祭は毎年5月15日に行われる上賀茂神社、下鴨神社の祭礼で、祭儀に関わる人々や牛車、氏子の家の軒下に至るまで、双葉葵を花挿したことから、『葵祭』とよばれるようになったということです。

 

現在双葉葵は京都府のレッドデーターブックには記載はありませんが、近年の著しい環境の変化により激減している植物の一つです。

 

京都御所を出発し下鴨神社、上賀茂神社と練り歩き、「走馬の儀」で締めくくられ、夕刻御所に帰還いたします。

祇園祭

 

祇園祭は平安時代、疫病や不遇の死を遂げた人々の怨霊を鎮めるための御霊会が、その起源で、神泉苑や北野天満宮、今宮神社などでも盛んに行われていました。

 

その中でも特に効果があるとされていたのが、祇園祭の御霊会でした。

 

869年、消疫病災の祈りの地、「神泉苑」に当時の国の数、66か国にちなみ、66本の鉾を立て、祇園社から神輿を送ったのが祇園祭における山鉾巡行の起源であると伝えられています。

 

現在、祇園祭は7月1日切符入りから宵山、山鉾巡行を経て、7月31日の疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)をもって、1っヶ月の祇園祭が終了します。

 

現在、2014年には、本来の祇園祭に戻され前祭(さきのまつり)と後祭(あとのまつり)とに分けられ、別日程で行われています。

 

1965年まで先祭と後祭は、現在のように分けられておりましたが、昭和40年ごろと言えば、急速に交通便が便利になり自家用車の普及等などによる交通渋滞や観光促進を理由に、前祭と後祭の合同巡行となったのであります。

 

たった49年間の合同巡行でしたが、これがスタンダードな祇園祭だと子供のころから思っていました。

 

全ての山鉾が立ち並ぶ祇園祭も賑やかで良かったですが、個人的には、夜店もなく四条通りと烏丸通りの歩行者天国もない「静かな祇園祭」も風情があっていいものです。

 

2014年、後祭が復活する。
同時期に大船鉾が、150年ぶりに復興したことは大きく話題を呼びました、

 

私の中では、後祭りのメイン鉾となっているかっこいい鉾であります。

 

休み山「鷹山」

 

1826年の巡行の大雨で装飾品を汚損。翌年以降約190年以上「休み山」となっております。
>>鷹山保存会

 

今後も休み山の復活を願うばかりです。

 

 


時代祭

 

時代祭は案外最近で、第1回目が1895年(明治28年)「平安遷都千年記念祭」として行なわれました。

 

桓武天皇が長岡京から平安京に遷都した10月22日にちなんで行われる秋の祭りです。

 

時代を再現した衣装をまとった大行列が京都御所から平安神宮までの約4.5キロを練り歩く。

 

先頭から明治時代、江戸時代、安土桃山時代、室町時代、南北朝時代、鎌倉時代、藤原時代(平安時代)、延暦時代と時代をさかのぼる行列となり、参加者約2000人、行列の長さは2キロにおよびます。

 

行列に使われる衣装や祭具は、その時代の物を忠実に再現されていて、総額費用は数十億円と言われております。

 

葵祭、祇園祭、時代祭はいずれも都人が大切に伝えてきた魂鎮めの祭礼です。